Ganmen の 森

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4 May 2026

顔面ハプニングの長い自己紹介

by Ganmen1281

顔面ハプニングという人間を知ってほしい。

最近、自分がどんどんと忘れられているという感覚に陥ることが多い(世間への露出が減ったからというのは言わずもがなだけれど)。ツイートを一回するたびに三人ほどフォロワーが減る。ガチ効く。

そういえば、このHPにも『かっこつけ』の略歴があるだけで、僕が何者かという部分は実はそんなに明らかではない。せっかく自分のHPがあるのだから、きちんと僕という人間を知ってもらおう。

顔面ハプニングです。2004年に生まれました。21歳(2026年現在)です。

このころの夢は大工さんでした。別にものづくりが好きだったわけでも何でもありません。「将来の夢は何?」と聞かれることが多すぎて、面倒だったのでテンプレートとして『大工』と答えていました。かわいげのないガキ。大体小学五年生ぐらいまではそれでよかったのですが、六年生になった時に、本当に進路を考えて、自分の将来なりたい姿を粘土で造形しましょうと言われたときに、適当に大工を作ろうとしたら先生に怒られた事をきっかけに、自分に将来の夢なんてものが全くないということに気づきました。

結局その時は「ないです」と言うと怒られることがわかりきっていたので、ちょうどその時期に読んでいた『バクマン』を参照して「僕は漫画の編集者になりたいです」という大嘘を先生に十分ぐらいプレゼンして許されたような記憶があります。ガチの大嘘だったので『編集をする』という作業の解像度が低く、ただ漫画を読み漁っている男性が誕生してしまったのも、いい思い出です。

中学生になると、順調にオタクが加速していき、ヤシマ作戦(エヴァンゲリオン新劇場版:序)のセリフを全暗唱してしゃべり続けるという奇行に走り始めます。このころからLINEの『タイムライン』という一昔前のTwitterのような機能を使っておすすめのアニメを長文で紹介するという『テキスト版ファスト映画』みたいなことをやっていました。しかもプロフィールのステータスメッセージが西尾維新に毒されすぎてニーチェの引用だったことを思い出して死にたくなります。親戚の集まりで中学三年生だった従姉に「お、やっぱみんな一度は通るよねえ、こういう『かっこいい』感じ?」と、めちゃくちゃに冷笑されてから何かを失った気がしています。

中学の授業で、別に沖縄育ちでも何でもないのにも関わらず意味不明に『シーサー』を作ろうという授業があり、皆が思い思いのシーサーを作っている最中、デロデロに溶けたシーサーを作ってしまい、それをきっかけにちょっとしたいじめを受けました。シーサーというよりクリーチャーを作ってしまったので、ネクロマンサー的なポジションになった僕を退治するという意味合いのいじめだったのかもしれません(は?)。

そんな感じでしたが、中学三年生になった時に、学校中で『弁論大会』みたいなものがあり、生徒全員が『人権問題』とか『同和問題』とかをテーマにスピーチを行う中『走れメロスに登場したメロスの異常行動を振り返ろう』という内容でスピーチをしたところ、大ウケして学内の最終選考まで生き残ってしまい、全校生徒と教員の前で披露することになってしまいました。『知的障害を持つ弟への差別は不当である』という内容の弁論と『ルッキズムに支配されるな』という内容の弁論に挟まれたので、セリヌンティウスを人質に差し出して全裸で街を爆走するメロスの異常さを説く僕の異常さが目立って、学内のあらゆる生徒・教員から褒めちぎられ、結果『普段はおとなしいけど本気を出せば結構喋れるしそれなりに面白いやつ』という最悪の自認を得ました。今思うとこの辺りで僕の承認欲求はある程度満たされていたのかな、と思います。

高校に進学するとうつ病になり、引きこもりました。まだギリギリ、オタクの肩身が狭い時代だったので、好きなことになるとモーレツな勢いでしゃべり始める顔面ハプニング青年は『キモオタ』の称号を与えられ、見事に総スカンを食らうことになります。

教員にも許可を取った上で携帯電話を連絡用途で使用していた所、『漫画を読んでいた』という嘘告発を受け、反省文を書きました。確か当時は有り得ないくらい病んでいたので、結局これはギチギチまで謝罪に謝罪を重ねまくって、枠がはみ出すまで謝罪文を書きまくったような。けれども『漫画を読んでいた』という内容は告発側のガッツリめな嘘だったので、一切認めずに提出しました。結果『携帯を触っていたことは認めるし申し訳ないと思っているけれど、許可を取っていたし、そもそも漫画は読んでいない。でもごめんなさい』という、冷静に考えたら何も反省していない文章を提出した記憶があります。このひねくれ方をしていればそりゃいじめられそうなものです。

結果、高校を辞め、自宅警備員と化してから、本格的にアニメ・特撮だけを摂取して生きる化け物になっていきました。この辺りからADHDの治療薬、コンサータの投与を止めたことで覚醒し、シン・ゴジラのセリフを完全詠唱できるようになったり、自部屋でライダーの変身ポーズを何度も訓練するようになります。

高校二年の時に、兵庫県姫路市を五十年ほど前に走っていた『姫路モノレール』にも傾倒し、資料館に直々に出向いて個人的な調査を行っていました。資料館では一般公開されていなかった諸々の資料をインターネットに放流しました(許可は得ました)。多分僕が、オタク史上初めて日本ロッキード・モノレール株式会社が記した姫路モノレール総合見取り図の内容を記録した人間だと思っています。

高校三年生で大学受験に失敗します。映画の学校で面接官と大喧嘩になり「君は特撮以外に何も撮ることができないでしょう」と断言され、カチンときて色々と言い返した結果、落ちました。あまりにもボロクソに言われたので、もはやこれは逆に圧迫面接をしかけて合格させるという確定演出なのではないかと考えていましたが割とガッツリ落ちました。この辺りで自分の程度を知り、変におごり高ぶらない事にしました。

同時期、地上波番組とかにも出ました。楽屋を用意されるという状況が人生の中であまり発生しないイベントすぎてウケました。置いてあったおやつを持って帰ってもよいかスタッフさんに確認すると無茶苦茶笑われましたが、処分するのも勿体ないので良いですよと言ってもらえました。恥とかは一切なかったので水までリュックにつめて持って帰りました。

帰り道、デカいゴジラを見に新宿まで行きましたが、ここがまさか『トー横』だとは思わず、正直治安の悪さよりもゴジラがいる事のほうが勝ってしまい、トー横のど真ん中で記念撮影しています。地元がそもそも治安があまりよろしくないので、慣れていたという部分もありますが、マクドナルドにあるエレベーターの窓ガラスがバキバキに割れていてさすがに面白かったです。

専門学校に入学してからは爆速で時間が過ぎました。在学中は明らかに他から見ても浮いており、髪の毛が長すぎてやっぱりちょっと『そういう人』という扱いを受けていました。

逆に『そういう人』感がよく働くのでは、と、『そういう人』が登場する映像を撮って公募に提出したところ、環境省さんから映像の最優秀賞をいただきました。

そこから、何故か東宝さんのスタジオに伺えたり

東映さんのスタジオで働かせて頂いたりなど、していました。

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ちょうど同じくらいの時、自分なりにライトノベルを執筆しました。計百四十ページにものぼる超大作でしたが、電撃大賞一次落ち+絶不評で自分には創作の才能がないのかとショックを受けました。あきらめきれず『なろう』にも投稿しましたが一切読まれることがなく、シンプルに絶望しました。一人だけ、Twitterのダイレクトメールで絶賛してくれた読者の方が居たので、無茶苦茶嬉しかったですが、ほとんど強制的に読ませた友達のほとんどからは滅茶苦茶微妙な反応をされました。

卒業が近づくにつれ、徐々に絶望が深まりました。お察しの通りマトモな就職活動などを一切してこなかった僕が、マトモに就職などできるはずもなく、現実逃避をしながら、映画を撮っていました。映画は現実を忘れさせてくれたけれど、忘れたところで現実はずっと追いかけてくるので無意味でした。

同時期、就活に悩みながらもやめられない趣味があり、ゲームの没データを調査するというものだったのですが(は?)、この面白さをもっと広めたいと思い、YouTubeを立ち上げたところ、一日で登録者が千人を突破しました。さすがに四十万再生を超えたあたりで「そんなに没データって面白かったか?」と世界を疑いました。

というかYouTuberとして専門学校を卒業してしまい、いよいよ取返しがつかなくなってしまいました。卒業式はめちゃくちゃ遅刻した上に、私服で登壇するハメになり(登壇するなら事前に言ってほしかった)、最後の最後まで浮きっぱなしでした。クラスの大規模な飲み会とかにも誘われず、悲しい気分で卒業しました。

どうにかするしかねえ!と覚悟を決めて、何故かアイドルマネージャーとして就職してしまいました(は?)。紆余曲折あったのですが、大幅に端折るとこうなってしまいます。アイドルマネージャーとして勤務しながら、その傍らで映像の配信・中継現場に赴いていました。さすがにマネージャー業は向いていなさ過ぎて、自分でもどうしてそんな道を歩んだのか、辞職した今でも理解できません。が、学マス(ガチ)を体験できたので、人生経験としてはプラスだったと思います。

アイドルマネージャーをしながら、Mvを撮ったりなどもしていました。

HAP・HAP・HAPNICA · きまぐれアニソン☆MIX (2026-04-18 WARP ARCHIVE)

さて、顔面ハプニング史も現代に突入しました。DJを始めて、つい先日ライブハウスで披露したところです。静岡県からDJの友達が兵庫県まで遊びに来て、僕のDJを聞きに来たのですが、なんとで出順を一時間勘違いしており、僕の出番を一切見ることなく帰宅しました。本当に何?

僕はそういう生き方をしています。突然どうしたんだ、という感じではありますが、最近自分の人生観をまるっと変えるような出来事が連続していて、少し過去を振り返りたくなったというのが正直なところです。もっと正直なことを話すと、酒に酔って自己肯定感が上がったのでいい感じにまとめてちょっと自慢してやろうかなという気持ちもあります。

そんなこんなの顔面ハプニングでした。

Ganmen1281

Ganmen1281

生まれも育ちも兵庫県南西部・播州。
10代の青春をアニメ・特撮・映画に捧げるも、特に報われることもなく20代に突入する。
映画に捧げた青春は映画に返してほしかったので、ビジュアルアーツ専門学校入学。
特に返ってくることもなく、卒業。
現在は映像制作者・Youtuber・DJ・ライターとして活動中。

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